あらすじ
パリのタクシー運転手シャルルは、人生の崖っぷちにいる。
リース契約した黒のルノーで1日12時間、週に6日、1年で地球3周分の距離を走る。
看護士の妻と共働きだが生活は苦しい。
友人や歯科医の兄への借金返済も滞っており、おまけに交通違反続きで残り2ポイント、何かやらかしたら即免停だ、いいことなんかありゃしない、苛立ちは募るばかり。
そんな時、パリの反対側まで走る依頼が舞い込む。
稼げるなら……と渋々引き受け、指定の場所でクラクションを鳴らすと、背後から「近所迷惑よ」と声がする、依頼主のマドレーヌだ。
ゆったりと車に乗り込むと「私は92歳、長年住んだ家を離れて介護施設に転居する。」と告げる。
パリ郊外のブリ=シュル=マルヌから施設があるクルブヴォワへ、直線距離で約20kmのドライブが始まる。
引越のいきさつを話し始めた彼女は「ちょっと寄り道して」と言い出す。
まわり道になる、と言う運転手に「長い人生の10分だけ」だと優雅に微笑む。
マドレーヌが寄り道して訪れるのは思い出が詰まった場所。
寄り道は、マドレーヌが生きた軌跡を辿る旅になる。
キャスト
役名 | 人柄 | 俳優 | 備考 |
マドレーヌ・ケレール | 医者の勧めにより介護施設へ入居が決まった92歳のマダム | リーヌ・ルノー | 1928年生まれの94歳、フランスの国民的歌手。 |
マドレーヌ・ケレール(若年期) | 劇場の衣装係として働く母の仕事を手伝っていながら息子を育てている | アリス・イザーズ | 1991年生まれの32歳、女優。 |
シャルル・ホフマン | 金なし休みなしのベテラン不愛想人生崖っぷちタクシードライバー | ダニー・ブーン | 1966年生まれの56歳、国民的コメディアン。 |
レイモン・アグノー | 酒乱でマドレーヌの連れ子を嫌っている | ジェレミー・ラウールト | 1990年生まれの33歳、モデル、俳優。 |
ドニーズ | マドレーヌの母 | グウェンドリーヌ・アモン | 1970年生まれの53歳、女優。 |
カリーヌ | シャルルのパートナーで娘ベティがいる | ジュリー・デラルム | 1978年生まれの45歳、女優。 |
上映映画館
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不愛想と不安
タクシードライバーのシャルルは、文字通り不愛想。
常に不安を抱えているからだ。
人は不安になると攻撃性が増す生き物だ。
負の感情から出る攻撃性の方向は、他人であったり自分であったり。
不安がさらなる大きな不安を呼び、抱えきれないストレスを吐き出すことによって解消と開放を試みるも、不安は消えない。
掴めそうで掴めない蜃気楼のようなもの。
実体のないモノが身体に及ぼす影響は大きい。
1950年代の裁判
裁判シーンでのこと。
原告人(訴えた人)である夫:レイモンの要望により裁判は非公開に。
被告人(訴えられた人)は妻:マドレーヌ。
非公開なのでごく少数で裁判は進行する。
しかし、やはり1950年代とあって、陪審員は男性のみ。
しかも、中年以降で若者はいない。
マドレーヌは、1968年にパリで「五月革命」が起こる前の1950年代に若き日を過ごした。
1950年代は、男性や白人が強い力を持っていた。
その時代の女性は、夫の許可がないと何もできなかった。
自分名義の銀行口座を持つことも、職業に就くことも、離婚することも非常に難しかった。
五月革命 | 1968年5月、フランスのパリの学生が ド=ゴール政権 の教育政策に反発して暴動を起こし、全土で ド=ゴール退陣要求が強まった。 |
男尊女卑の中世ヨーロッパ、貴族社会では当たり前のことだった。
特に女性蔑視は非常に強かった。
身分の高い男性達が「自分の身を守る盾として利用した」という歴史がある。
男性の命を優先すべく、乗り物に女性を先に乗せて中に暗殺者がいないか確認したり、毒見役として食事を先に食べさせたりしていたことがレディーファーストの起源といわれている。
現在のレディーファーストへと変わる要因として「女性の人権」が大きくかかわってくる。
女性解放運動 | 封建社会の強固な男性支配に対して、女性を解放し、社会的地位を向上させることをめざした運動 |
女性の権利宣言 | オランプ=ド=グージュ(本名:マリー=グーズ) | フランス革命で活躍した女性 | 女性の権利について最初に明確な主張をした人物として評価され広く知られるようになった |
これらの長い歴史を経て、女性に人権が認められ、女性は守るべき存在であると認識され、女性を優先し大切にするという文化が誕生した。
現在のレディーファースト:男性が連れの女性をエスコートする際のマナー。
- 道路を男女で連れ立って歩く際は車道側を男性が歩き、女性を事故や引ったくりから守る。
- 扉は男性が開け、後に続く女性が通りきるまで手で押さえて待つ。
- 高級レストランで案内が付くときは、女性を先に通して男性が後ろを歩く。ただし、案内などが付かないレストランでは男性が先に立って席を探す。
- ロングドレスの女性は座ってから椅子を引きにくいことがあるので、座りやすいよう男性が椅子を引き、女性が座りやすいように椅子を戻す。
- 女性が中座する際、男性は一緒に立ち上がる。席に戻る際にも同様に立ち上がり、座るのを待つ。格の高い女性が立ち上がる際は、その場の男性全員が立つ。
- レジでの勘定は、どちらの負担であるかにかかわりなく男性が行う。ただし女性から招待を受けている場合は別である。
- 自動車などの乗降の際において、特に女性がロングドレスにハイヒールという装いならば、運転する男性が助手席に回ってドアを開閉する。
刺さった言葉
愛があるから殺す
人生の選択に責任を持ちなさい
人生とは旅路
パリの街並み
スクリーンいっぱいに映し出されるのは、とても美しいパリの街並み。
車内からの映像なので、まるで自分がドライブしているようだ。
もしくはタクシーに乗ってパリを観光しているかのよう、とても美しい風景。
あれはエッフェル塔かな、これは凱旋門かな?
これがドルビーシネマだったら、さらに美しい風景になったことだろう。
そして、美しい風景の過去には、悲しい歴史もある。
フランスは戦争の歴史があるので、いまの風景からは考えられない悲痛な過去が、街にも人にもある。
車中:運転手と同乗者の関係
人と話すとき、対面だと話しにくいことがある。
特に、重い話などの言いにくいことは、対面だと躊躇してしまう。
こういうとき、ドライブが最適だ。
理由は、お互いが「前(進行方向)を向いている」から。
話す・聞くという行動は同じでも、お互いの顔は見えないし、顔色を窺うこともできない。
表情の変化もわからないし、些細な動作もわからない。
これがとても良い。
しかも車中という密室、搭乗者以外に話の内容が漏れることはない、プライバシーが守られている。
車中は意外と話しやすい環境なのだ。
警官
途中、警官が登場する。
フランスなのに表記は「 POLICE 」。
えっ、これって英語じゃないの?
と思い調べてみたら、フランス語でも POLICE 。
ここでのやり取りは、2007年に観た「最強のふたり」を思い出す。
PACS (パックス)
パックスとは1999年に誕生した制度で「 Pacte Civil de Solidarité 」の頭文字でPACS、民事連帯契約のこと。
同性または異性の成人2名による、共同生活を結ぶために締結される契約(フランス民法第515-1条)と定義されている。
必要なのは量ではなく質
関係性に必要なのは、過ごした時間の量ではない。
どれだけ相手の心に寄り添ったのか、相手を受け入れたのか、という密度によるもの。
半世紀を共にした兄弟であっても、密度が低ければ関係性は希薄だ。
たった数時間を共にしただけで、今まで出会った誰よりも密な関係性が生じることもある。
親と子
親が子供に期待するように、子供もまた親に期待している。
自分が思うように愛してほしい。
こんなことを言ってほしい。
いつも笑っていてほしい。
幸せでいてほしい。
自分にとって唯一無二の家族だから、親にも唯一無二の子供だと思ってほしい。
親の子への愛情はよく聞くが、その逆、子の親への愛情はあまり認知されていない。
確かに存在するのに。
年を重ねてからの、親への子の対応と態度には意味がある。
そうなった理由と過程がある。
介護施設で働く友人の話。
施設で生活をしているお婆さん、いつもニコニコ笑顔、スタッフとも楽しく会話をし、他の入居者とも仲良く過ごしている、誰もが「良い人」と思っている。
ところが、家族や身内の面会は一度もない。
息子夫婦も孫も来ない、親戚や知り合いも来ない。
こんなに良い人なのになぜ誰も面会に来ないのだろう。
そうなった理由があるのだろう。
いまは人が良くても、昔も人が良いとは限らない。
関係性には理由があるのだ。
またね
数時間を共にしたマドレーヌとシャルル、出会った時の不協和音がウソのように親密になった。
並んで歩く姿がとても素敵で、グッと心を掴まれた。
「親愛」という言葉がピッタリだ。
心から楽しそうに笑い合う2人に、タイムリミットが迫る。
ガラスの自動ドアを隔てて、親密な2人は引き離される。
名残惜しそうに、言葉を詰まらせて、でも何を言えばいいのかわからないもどかしさ、戸惑う表情から見て取れる。
「またね」
この言葉には思い入れがあるので、文字を見たときに涙が込み上げてきた。
※「セッション」の感想記事「またね」より
思い出
人生の最後をどう迎えたいか。
最後というのは「いつか」来るものではなく、「いつでも」来る。
そして、過去は無いものにしやすい。
「記録」と「記憶」が無ければ簡単に排除できる。
過去を懐かしむ手段は多々ある。
この映画のように住んでいる街を巡ったり、写真や映像を見たり、人と話したり。
思い出すことで、誰かが生きたという無形財産を蘇らせることができる。
昨日までの自分を振り返ってみると、思いのほか人生は楽しいものだと思う。
最後に
この映画を観ていて、アイスクリームが食べたくなった。
ああ、アイスクリームが食べたい。
山盛りのアイスクリーム。
いろんなフレーバーのアイスが所狭しと詰められたカップをギュッと熱い抱擁がごとく抱えて貪りたい。
いつだって「今日が1番若い日」だ。
まだまだ長い人生、これから訪れる、華やかで美しい旅路に思いを馳せて、アイスクリームを食べたい。
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