とても素敵な映画を上映している映画館のアカウント:サールナートホール/静岡シネ・ギャラリーさん。
ある日、こんなツイートを見つけた。
『オッペンハイマー』が一瞬できれいさっぱり世界が終わり得る時代に人類が到達してしまった恐怖を描いているのだとしたら、1986年製作のこの作品は、それが”一瞬できれいさっぱり終わってはくれない”現実を、柔らかい筆致と強靭な意志で描いています。
この文章に強烈に惹かれ、以前「オッペンハイマー」を観たこともあり強い興味を持った。
地元の映画館で上映されるとのこと、とても楽しみにしていた。
あらすじ
イギリスの片田舎で暮らすジム(夫)とヒルダ(妻)の平凡な夫婦。
二度の世界大戦をくぐり抜け、子供を育てあげ、今は老境に差し掛かった二人。
ある日ラジオから「新たな世界戦争が起こり核爆弾が落ちてくる」という知らせを聞く。
ジムは政府のパンフレットに従ってシェルターを作り始める。
先の戦争体験が去来し、二人は他愛のない愚痴を交わしながら備える。
そして、その時はやってきた。
爆弾が炸裂し、凄まじい熱と風が吹きすさぶ。
すべてが瓦礫と化した中で、生き延びた二人は再び政府の教えに従ってシェルターでの生活を始める。
上映映画館
キャスト
左から、役名、続柄、声優。
ジム | 夫 | 森繫 久彌 |
ヒルダ | 妻 | 加藤 治子 |
音楽
映画が始まると、心地よい音楽が流れる。
あれ?どこかで聞いたことのある声だ…。
思考を巡らせ、わかった、デヴィッド・ボウイだ。
事前情報なしでの鑑賞ゆえ、デヴィッド・ボウイが聞けるとは思わなかった。
愛らしいキャラクター
丸みを帯びたかわいいキャラクター。
柔らかいタッチのイラストが、これから起きることを微塵も感じさせない。
アニメと実写の融合
「アニメ映画」として観ていると、目を見張る部分がある。
ところどころに実写が差し込まれている。
この映画はアニメと実写が融合した作品だと気付く。
違和感なく溶け込んでいる、すごい。
実写部分は少ない、それがまた現実味を増し、現実に起こりうるのだと強調しているように感じる。
アニメと実写の融合作品
ふと、昔観た「ロジャーラビット(1988年の映画)」を思い出した。
この作品も、アニメと実写が融合しており、とても感動したのを覚えている。
この「アニメと実写の融合作品」、いちばん古いのはなんだろう?と思い調べてみた。
- キング・コング (1933年の映画)
- 白雪姫 (1937年の映画) ディズニー作品・世界初のカラーアニメ映画
朗読劇のような
夫妻の会話がこの映画の主軸。
夫が話しかけて、妻が答える。
ナレーションによる状況解説や説明は無い。
アニメでよくみられる心情描写や感情描写もさほど無い。
喜怒哀楽を抑えて淡々と続く会話、ナレーションの無い「まんが日本昔ばなし」のよう。
大人が子供に読み聞かせするような、そんな感じ。
その単調な演出が、より一層恐怖を観客に植え付ける。
夫婦の日常
夫婦の生活を描いている。
夫は図書館に行き、配布されている「政府のパンフレット」を持ち帰る。
家では妻が家事に勤しんでいる。
コミカルで愛らしい老夫婦の穏やかで優しい日常、その中に戦争の脅威がジワジワと迫っている。
ラジオからは聞こえるのは、ひっ迫した世界情勢を伝える声。
時間とともに一触即発の世界情勢に、夫は対策を講じる。
政府のパンフレット
作中に出てくる「政府のパンフレット」は、実際に存在する。
1980年、イギリス政府は「 PROTECT AND SURVIVE 」を発行。
小冊子には、核攻撃の際に何をすべきかについてアドバイスが書かれている。
日本語訳のものがアップされている。
※ダウンロードにはサインアップが必要
アニメーション(48分)も制作されている。
徐々に変化する日常
ラジオから聞こえるひっ迫した声。
「我が国に核爆弾が放たれました。遅くとも三分以内には着弾します。」
この声から世界は一変する。
この爆発の演出が圧巻だった。
カッと光ったと思ったら、ものすごく強い光によって一瞬で真っ白に。
爆風でなびく木々、と思ったらボロボロと朽ちていく。
一瞬で破壊される「穏やかな日常」の描き方がすごかった。
凄惨な描写は無いので、どうやら夫婦が住む地域は爆心地からは遠いのだろう。
爆風で破壊された家、政府推奨のシェルターのおかげで無傷。
すべてが滅茶苦茶に壊されてしまった。
救助を待つ
「(政府推奨の)シェルターがあるから大丈夫だ」ここで救助を待つ2人。
ラジオやテレビは動かない、外部の情報を入手することはできない。
しかたなく、ここで救助を待つ。
準備しておいた非常用物資で日々を過ごす。
しかし、いつしか物資は底を突く。
のどが渇いたが、飲み水が無い。
水道は機能しない、ではどうするか。
夫婦は「雨水」を使用する。
妻は「なんだか怖いから沸かすわ」と言う。
夫は「そうだね、その方がいい」と言う。
このとき私は、言葉にできない感情が湧き、思わず「フゥーーー…………」と長い溜め息を吐きだした。
気付く
なぜ「雨水」はダメなのか。
それは【黒い雨】を知っているからだ。
彼らは、放射能という言葉は知っているが、それがどういうものなのかを知らない。
ゆえに、彼らはその場に滞在し、救助を待ったのだ。
ふと思う
原爆の後の雨はダメ、なのは日本人なら周知のこと。
では2011年に起きた福島第一原発事故ではどうだったのか。
いま思うに「原子力発電所の爆発によって放射性物質が飛散、その後に放射性物質を含む雨が落ちてくる」とすぐに理解した人はいるだろうか。
チェルノブイリ原発事故は1986年、東海村JCO臨界事故は1999年、どちらも昔の出来事。
「原爆の雨はダメ、原発の雨もダメ」につながった人はどれくらいいたのだろう。
変化が出始める
助けも支援も、敵軍も来ない。
ただ時間が過ぎていく。
彼らの生活に変化が出始める。
めまい、吐き気など。
食欲不振、倦怠感、下痢など、体調不良の言葉を言っている。
それが、徐々に、見た目にも変化が出てくる。
顔の肌の色、目の下のクマ、頬がこける、引きずるように歩く、など。
次第に起き上がれなくなり、全身になにかが出始める。
いつか来てくれる救助に希望を見て、2人は互いを励ます。
少しずつ、ジワジワと、真綿で首を締めるような蝕み方に鳥肌が立つ。
最後に
日本は唯一の被爆国、ゆえに何が起きてどうなったのかを知っている。
この夫婦は、知らなかった。
ただそれだけだ。
戦争批判や反戦の作品ではなく、反核を訴える作品でもない。
放射能によって人がどうなっていくのかを記録したドキュメンタリーのようだ。
こういった後世に残したい作品は、悲しいことにあまり人気がない。
ゆえに、シネコンなどで上映されることは少ない。
上映期間も短めだったり、早めに上映終了なんてこともある。
ものすごく重かった。
観られて良かった。
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