映画「蜘蛛巣城」を観た感想<午前十時の映画祭12>

映画鑑賞の感想文

<午前十時の映画祭>

「一度、スクリーンで観たかった。もう一度、スクリーンで観たかった。」

午前十時の映画祭14 デジタルで甦る永遠の名作
午前十時の映画祭14 デジタルで甦る永遠の名作

4月1日~3月30日を1年として、2週間代わりで素晴らしい名作映画を公開しているこの企画。

作品によっては「1週間限定公開」もあるので御注意を。

午前10時とあるが、作品によっては10時より前に上映することもあるので、上映映画館のスケジュール確認は必須。

公式HPでは

  • 上映開始時間は<午前10時に限定せず>それぞれの劇場の判断で<午前中の上映開始>となります。
  • そのため、上映開始時間は劇場ごとに、また作品によっても異なります
  • また、鑑賞料金も各劇場が設定した料金となりますのでご了承ください。
  • ご鑑賞前に各劇場の公式サイトなどでご確認をお願いいたします。

私の住む街:栃木県では「ユナイテッド・シネマ アシコタウンあしかが」と「TOHOシネマズ宇都宮」の2ヶ所で上映している。

あらすじ

シェイクスピアの「マクベス」を日本の戦国時代に置き換え、様式美ようしきびこだわり描いた戦国武将の一大悲劇。

武将・鷲津武時(三船敏郎)と三木義明(千秋実)は謀反むほんを起こした敵:北の館の大将である藤巻を鎮圧し、主君が待つ蜘蛛巣城くものすじょうへと馬を走らせていた。

雷鳴とどろく中、「蜘蛛手の森」で道に迷った二人は、不気味な妖婆(浪花千栄子)に出くわす。

妖婆は「武時はやがて北の館の主に、そして蜘蛛巣城の城主になる。そして義明は一の砦の大将となり、やがて子が蜘蛛巣城の城主になる」と告げ、宙に消えた。

二人は一笑に付したが、予言はその後、一つずつ現実のものになっていく。

シェイクスピア:マクベス

1606年頃に成立したウィリアム・シェイクスピアによって書かれた戯曲ぎきょく

勇猛果敢だが小心な一面もある将軍マクベスが妻と謀って主君を暗殺し王位に就くが、内面・外面の重圧に耐えきれず錯乱して暴政を行い、貴族や王子らの復讐に倒れる。

実在のスコットランド王:マクベスをモデルにしている。

ハムレット」、「オセロ」、「リア王」と並ぶシェイクスピアの四大悲劇の1つで、その中では最も短い作品であり、最後に書かれたものと考えられる。

1957年公開

1957年は昭和32年。

日本では何があったのか書き出してみる。

洋楽ではエルヴィス・プレスリー が「恋にしびれて」「監獄ロック」を発表。

トップガン&トップガンマーベリックでお馴染みの「火の玉ロック(Great Balls of Fire)」、ジェリー・リー・ルイが1957年に発表した。

丸山明宏「メケ・メケ」、実はこの人、いまやスマホの待ち受け画面にすると開運になるといわれている美輪明宏である。

この年に生まれた方は今年(2022年)で65歳になる。

出演者(キャスト)

一の砦 大将 鷲津 武時 三船 敏郎
武時の妻 鷲津 浅茅 山田 五十鈴
二の砦 大将 三木 義照 久保 明
三木義照の嫡子 三木 義明 千秋 実
蜘蛛巣城 城主 都築 国春 佐々木 孝丸
都築国春の嫡子 都築 国丸 太刀川 洋一
軍師 小田倉 則保 志村 喬
物の怪 妖婆   浪花 千栄子

日本の伝統芸能:能

黒澤監督は、欲望に刈られた魂が繰り返す殺戮さつりくと狂気をのう様式美ようしきびに乗せて見事に描いていく。

様式美 芸術作品などの表現や手順、形式など様式化されたものが作り出す美しさのこと

様式とは、芸術作品や建築物において特定の時代や民族、流派を反映する表現のこと。

様式美は、そういった「ある時代や民族において定められ守られていること」に従って形成された(様式化された)デザインが作り出す美しさのこと。

この映画では、日本の伝統芸能「能」で表現している。

日本の伝統芸能の「演劇」は3つ。

  • 能楽 → 権力者向けの娯楽
    • 能楽には「能」と「狂言」がある
  • 歌舞伎 → 大衆向けの演劇として楽しませることを重視したエンターテイメント
    • 基本的に世襲制
    • 歌舞伎独自の化粧をする、化粧の種類によって性別や善人・悪人が判る
  • 人形浄瑠璃 → 人形を使った劇、文楽、
    • 人形遣い(3人1組)、語り手:太夫、音楽:三味線が舞台上にいる
    • 江戸時代以前の事件を描いた「時代物
    • 江戸時代当時の日常を描いた「世話物

能楽の特徴。

  特徴 テーマ 分類 現代ジャンル
役者が面を付ける 古典や神話 悲劇 ミュージカルやオペラ
狂言 面を付けない 日常 喜劇 コント

音楽

この映画もBGMが少ない。

撮影時の音を使用している。

もしかして、雷鳴も実際の音?

人の声、悲鳴、怒号、恐怖におののく叫び、ざわめき、どよめき、着物が擦れる音(衣擦れ)、移動時の床板の音、武士が背負っている旗(指物さしもの)がはためく音、城の外に立つ流れ旗がなびく音、風の音、木々の音、草木の音、建物の音、動くたびに軋む鎧の音、、、ざわ…ざわざわ…。

ざわめき 物音や声が騒然と聞こえる、落ち着かない雰囲気になる 音量:小 長く続く
どよめき 大きな物音や声が響くこと、大勢の人の声によって騒がしくなること 音量:大 短い

ざわめき、どよめき、どちらも動揺して騒がしい状況のこと。

CG技術が無い時代の映像

白黒、モノクロ映像。

蜘蛛巣城「跡」から始まる

自然現象は文字通り、自然のもの。

高い山の中腹に建つ石碑、雲が立ち込める様子から傾斜がきついのが分かる。

山が作り出す雲が少しずつ濃くなっていき、ホワイトアウトのように視界が真っ白になり塞がれる。

そして、雲が流れて少しずつ景色が見えてくると、現れるのは建造物。

そう、蜘蛛巣城だ。

この視界差し替え、滑らかな流れすぎて、ものすごく自然すぎて、あれ?これCGかな?と思ってしまう。

しかしよく考えると、撮影時は1950年代。

「その時」を待って撮影したのだろう。

途方もない時間と労力がうかがえる。

森の中で

城主が待つ蜘蛛巣城へ馳せ参じる武時(三船)と義明(久保)。

鎧を着て、馬に乗りながら、迫真の演技をする。

2人の手には、弓と槍。

緊迫する状況、その場をせわしなくうろつく馬が2頭、人を乗せて。

恐怖に怯えてその場をグルグルと周りながら激しくいななく馬の声、それを消すような声量の2人。

圧巻、凄いとしか言いようがない。

しかも、激しい雷雨の中で。

武士なので武装している。

兜をかぶっていないけど、あの装備を装着して、弓や槍を持った状態で、雷鳴に怯える馬に乗り、セリフを言い、演技をする。

なんちゅう役者根性!

あっぱれ!

ふと思ったけど、よろい甲冑かっちゅうの違いはなんだろう?

具足、甲冑、胴丸など…みんな「鎧-よろい」なんだけど、それぞれの違いって何?(Japaaan)
先日、時代劇を観ていて訊かれました。「具足(ぐそく)も甲冑(かっちゅう)もすべて鎧(よろい)なのに、なんでそれぞれ呼び方が違うの?」意外とごっちゃにされやすいこれら「鎧」に関する言

異空間の演出

足元を流れるスモークは人工だと思う。

雲や霧ならば、画面全体を流れるように移動する。

低い足元にとどまる白いもや、二酸化炭素だと思う。

異次元というか異空間を演出するのにもってこいだ。

モノクロ映像において、白と黒を使い方には工夫が必要だ。

なにを黒く見せるのか、なにを白く見せたいのか、色を区別することでなにを得たいのか。

足元を白く染める靄が一面に広がると、森の中から聞こえる不気味な声。

辺りを見回すも、どこにもなにも居ない。

突然現れるのは、すきま風というよりも、そもそも風を防げないような粗末な小屋、ただ囲ってあるだけの小屋に居るのは怪しげな老人。

糸巻きを回しながら話す。

老人の背後からの撮影、話し終わった老人がスッと立ち上がった、と思いきやバサッと着物が落ちる。

そこには老人は居ない。

これどうやって撮影したんだ???

CGじゃないよね?

なんで居なくなった?

どうやって居なくなった?

そこに穴があって下に落ちたとか?

映像の合成??

どゆこと???

物の怪(もののけ) 怨霊、死霊、生霊など霊のこと
化生の者(けしょうのもの) ばけもの、へんげ、妖怪

なお、物の怪には「妖怪、変化(へんげ)」などを指すこともある。

言葉の変化

黒沢映画を2本見たけど、どちらも活舌の悪さが耳に残る。

そういう人を好んで起用していると聞いたことあるけど、ホントなのかな?

人間らしさの演出なのかな。

昔の言葉遣いなのと、早口も相まって、何言ってるか分からない部分が多い。

特に、目上の人へ報告するシーンは、急いでいるのと興奮しているのも相まって、ちょっと何言ってるかわかんない状態になる。

言葉っておもしろいね。

目上の人に対する言葉とか、だいぶ変化したんだなーと思った。

目上の人は命令口調だけど、目下の人は敬語。

時代が変わっても、変わらないものもあるんだなー。

あそばせ ってなに?

あそばせ 「する」の尊敬表現 「なさいませ」と同じ意味 位の高い女性が使う言葉

大自然

山での撮影だから、自然の天候がよく映っている。

強い風、旗が真横になびくくらいの強風。

舞い上がる土ぼこり。

役者の息が白く見えるシーンがあるので、少し寒い時期なのだろう。

山には雪のようなものが見えるし。

見上げる「引きのアングル」での撮影は、蜘蛛巣城をさらに大きく見せる。

馬や人が城に近づくと、その大きさがジワジワと見えてくる。

本物への挑戦と執着と意欲

物理的な経費がよく見える。

あんな立派な建造物を山に造ったのかと思うと、脅威としか言いようがない。

人の数もそう。

人の数があれば、その分の装備品も必要になる。

鎧、兜、旗、そして馬。

ものすごい数の人と馬。

人の背丈を遥かに超えた高さの城門は、本物の城だ。

凄い、ホントに凄い。

ウィキペディアによると、制作費は1億2,000万円。

昭和32年の1億2,000万円は、現代だといくらになるんだろう?

昭和40年の1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか? : 日本銀行 Bank of Japan

なるほど…。(意味深)

撮影方法

基本的に長回し。

とてもカット数が少ない。

その場に何台かのカメラを置いて、いろんな角度から「1つのシーン」を撮影しているのかな?

演技や演出の「の取り方」が素晴らしくて、それ自体が存在感ある演出になっているし、喜怒哀楽や心情の表現にもなっている。

存在感の演出

武将らしく迫力ある表情をしている武時(三船)。

常に険しい表情をしているけど、疲れないのかな。

ずっと鬼気迫る表情、笑うことのない緊迫した状況が続いているからなのかもしれない。

ましてや、物の怪とか予言とか、どうにも受け入れがたいことが目の前で起きているからね。

嫁に焚き付けられて行動してしまう武時、城主の存在感を「映さない」ことで表現しているのは凄いよね。

その人が、どこで、どうなったのか、を映さずに、武時のリアクションで認識させる。

もうひとつは、親友である義明の存在。

宴のシーンで、義明を映すことなく、「なにがあったのか」を武時のリアクションで認識させる。

すばらしい。


浅茅(武時の嫁)の存在感を出す演出として「衣擦れの音」は発想が素晴らしい。

画面には移されていないけど、遠くから聞こえてくる衣擦れの音で、嫁が部屋に近づいてくるのが分かる。

何度も聞いているとアレに聞こえてくる。

スターウォーズの、R2-D2の音、機械音。

スターウォーズ、見たことないけど…。


そして後半、恐ろしい形相で手を洗い続ける嫁。

「手についた血が取れない、取れない、取れない」と何度も洗う。

しかし、手桶には水が入っていない。

おかしくなってしまった嫁。

この異様な形相、メイクの見せ方が素晴らしい。

異形の顔つき、能面にも般若にも見える顔をしている。

能の面
主人公を演じるシテ方の能楽師は、多くの場合、能面をつけることでその役柄に扮します。その面について解説します。

恐怖の対象

「見えないもの」に対しての恐怖心は、いつの時代も変わらない。

怯えている時に鳥が鳴き喚くと「不気味な声だ」と。

普段起こらないことが起きると「不吉だ」と。

なにかに結び付けることで、落ち着こうとしているのだろう。

原因不明がいちばん怖い。

強引に原因を作ってしまえば、心は落ち着く。

アレのせいだ、アレが悪いのだ。

落ち所を作ってしまえばいい。

ところで、鳥の演出、あれもぜんぶ本物なんだろうなーと見ながら思った。

あんな状況の中で演技できるなんて凄いな、マジで。。。

奇襲の演出

最大の見せ場、武時が奇襲を受けるところ。

本物の矢が飛び交う。

あれは撮影方法による「見せ方」の工夫が本当に素晴らしい。

カメラを置く位置によって臨場感を生み出す。

目の錯覚を利用した撮影。

首に矢が刺さるあの瞬間、どうやって撮影したんだろう?

黒澤映画「蜘蛛巣城」のあの伝説的なシーンの撮影で使われたトリックについてのお話「それでもやっぱり怖い」
超望遠の圧縮効果の話

敵陣営の演出

森が攻めてくる

これも素晴らしい発想だ。

今では到底マネできないこと。

いろんなことを配慮しなければならない現代では、絶対にできないね。

アレだよ、アレ。

コンプライアンスというヤツだよ。

スクリーンを見ていて、本当に森が攻めてきたと思った。

森が、自ら動いて、攻めてくる。

いやー、これは本当に驚いた。

これを実行するあたりに黒沢監督の狂気を感じる。

撮影秘話

蜘蛛巣城のロケ地、富士山の2合目らしい。

スクリーンで見ても、その大きさがわかるほど巨大なセット。

晴れた日には麓の御殿場市の街から見えたほどの巨大なものになったとか。

蜘蛛巣城 - Wikipedia

役職

主君(しゅくん)

主(あるじ)

大殿(おおどの)

ちょっとよくわかんない。

現代風にいうと、何になるんだろう。

組長?社長?

NO.1になりたがるのはなんでだろう?

城主になりたいのはなんでだろう?

城主になるために、人を裏切り、慕っていた人を失い、頂点に立ってなにが良いのだろう?

つわものどもが夢の跡。

まるで夢や幻であったかのようなラストシーン。

切ないけど圧巻だ。

最後に

人をおかしくさせる要素はいくつかある。

お金、権力、欲。

人を狂わせるのは、案外「自分」なのかもしれない。

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