2023年7月21日、とある映画がアメリカで公開された。
公開から16日後の8月6日の発表で、推定5億ドル(約735億円)を突破(2023年8月1ドル147円台)。
9月第3週末時点には、9億1200万ドル(約1322億4千万円)を記録(2023年9月1ドル145円台)。
スマッシュヒットの中、日本での公開は長らく未定となっていた。
アメリカ公開から4か月後の12月、日本公開が発表された。
2024年1月、公開日「2024年3月29日」が公表された。
あらすじ
第二次世界大戦下、アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。
これに参加した J・ロバート・オッペンハイマーは、優秀な科学者たちを率いて世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。
しかし原爆が実戦で投下されると、その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。
冷戦、赤狩り、激動の時代の波に、オッペンハイマーは呑まれてゆくのだった―。
世界の運命を握ったオッペンハイマーの栄光と没落、その生涯とは。
今を生きる私たちに、物語は問いかける。
キャスト
左から、登場人物、俳優、役柄、人物像。
主要人物
J・ロバート・オッペンハイマー |
キリアン・マーフィー | アメリカの天才理論物理学者 | 第二次世界大戦中に「ロスアラモス国立研究所」の所長を務め、原子爆弾の開発・製造を目的としたマンハッタン計画を主導。のちに原爆の父と呼ばれる存在になる。 |
キャサリン・“キティ”・オッペンハイマー | エミリー・ブラント | ロバートの妻、生物学者&植物学者 | 子育てからくる不満や孤独でアルコール中毒になるが、生涯夫の味方として彼を支える。 |
レズリー・グローヴス | マット・デイモン | アメリカ陸軍の将校 | マンハッタン計画の責任者として極秘プロジェクトを指揮する立場にあった。そこでロバートを抜擢し、学者以外で1番身近な存在として彼の理解者となる。 |
ジーン・タトロック | フローレンス・ピュー | アメリカの精神科医、共産主義者 | ロバートがカリフォルニア大学バークレー校で物理学の教授をしていた頃に出会い恋仲になる。 |
ルイス・ストローズ | ロバート・ダウニー・Jr. | アメリカ原子力委員会の委員長 | 靴売りから政治家に成り上がった。ロバートをプリンストン高等研究所の所長に抜擢。頑固で野心に満ちた人物で、水爆実験を巡ってロバートと対立する。 |
ロスアラモスの住人
イジドール・ラビ | デヴィッド・クラムホルツ | 物理学者 | 留学時代にロバートの友人となる。 |
アーネスト・ローレンス | ジョシュ・ハートネット | 実験物理学者 | バークレー校でのロバートの同僚。 |
ジョヴァンニ・ロッシ・ロマニッツ | ジョシュ・ザッカーマン | バークレー校でのロバートの最初の受講生 | マンハッタン計画に参加するが共産主義者の疑いで解雇される。 |
フランク・オッペンハイマー | ディラン・アーノルド | ロバートの弟、物理学者 | 兄の助言を無視し、共産党に入党した過去をもつ。 |
ジャッキー・オッペンハイマー | エマ・デュモン | フランクの妻 | ロバートの弟:フランクの妻。 |
エドワード・テラー | ベニー・サフディ | 理論物理学者 | マンハッタン計画に加わった初期メンバーの一人、水爆の開発を推進してロバートと対立。 |
ロバート・サーバー | マイケル・アンガラノ | バークレー校の物理学者 | マンハッタン計画の参加者。 |
ケネス・ベインブリッジ | ジョシュ・ペック | 実験物理学者 | マンハッタン計画の参加者、トリニティ実験で制御スイッチを任される。 |
ハンス・ベーテ | グスタフ・スカルスガルド | 物理学者 | マンハッタン計画の参加者。 |
セス・ネッダーマイヤー | デヴォン・ボスティック | 物理学者 | マンハッタン計画の参加者。 |
リチャード・P・ファインマン | ジャック・クエイド | 物理学者 | マンハッタン計画の参加者、打楽器ボンゴの名手。 |
リチャード・トルマン | トム・ジェンキンス | 数理物理学者・物理化学者 | マンハッタン計画の参加者。 |
クラウス・フックス | クリストファー・デナム | 理論物理学者 | マンハッタン計画の参加者。 |
フィリップ・モリソン | ハリソン・ギルバートソン | 物理学者 | マンハッタン計画の参加者。 |
ルイス・ウォルター・アルヴァレズ | アレックス・ウルフ | 物理学者 | マンハッタン計画の参加者。 |
その他
アルベルト・アインシュタイン | トム・コンティ | 天才物理学者 | 相対性理論を解いた、ロバートとも親交を持つ。 |
ニールス・ボーア | ケネス・ブラナー | デンマーク出身の理論物理学者 | 1922年にノーベル物理学賞を受賞、ロバートの心の師。 |
パトリック・ブラケット | ジェームズ・ダーシー | ケンブリッジの実験物理学者 | ロバートの留学時代の教師。 |
ヴェルナー・ハイゼンベルク | マティアス・シュヴァイクホファー | ドイツの物理学者 | ドイツの原子爆弾開発の中心人物。 |
ヴァネヴァー・ブッシュ | マシュー・モディーン | アメリカの技術者・科学技術管理者 | アメリカで軍事目的の科学研究を担った科学研究開発局長、マンハッタン計画を進言した。 |
ボリス・パッシュ | ケイシー・アフレック | アメリカ陸軍の情報将校・防諜部部長 | マンハッタン計画中にロバートを尋問した後、ドイツに渡る。 |
ケネス・ニコルス | デイン・デハーン | アメリカ陸軍技官・中佐 | グローヴスの部下、マンハッタン計画に参加した米陸軍技官、聴聞会に関与。 |
ウィリアム・ボーデン | デヴィッド・ダストマルチャン | アメリカ原子力委員会事務局長 | ロバートにV2ロケットの話をする、聴聞会での告発者。 |
ロージャー・ロッブ | ジェイソン・クラーク | 聴聞会でのアメリカ原子力委員会の特別弁護人 | ロバートやキティを詰問する。 |
ハーコン・シュヴァリエ | ジェファーソン・ホール | バークレー校のフランス語教員 | 共産主義者、ロバートの友人。 |
エンリコ・フェルミ | ダニー・デフェラーリ | イタリア出身の物理学者 | マンハッタン計画のシカゴでの参加者、シカゴ大学でシカゴ・パイル1号を開発。 |
デヴィッド・L・ヒル | ラミ・マレック | フェルミの助手 | マンハッタン計画のシカゴでの参加者。 |
レオ・シラード | マテ・ハウマン | 物理学者・分子生物学者 | マンハッタン計画のシカゴでの参加者原爆使用反対の中心人物。 |
ヘンリー・スティムソン | ジェームズ・レマー | 陸軍長官 | 暫定委員会で京都を原爆投下候補地から外した。 |
ハリー・S・トルーマン大統領 | ゲイリー・オールドマン | 第33代アメリカ大統領 | 第二次世界大戦終結当時の大統領。 |
公式サイトの登場人物
時代背景と出来事
いくつかの時代背景とキーワード。
世界恐慌 | 1929年~1930年代後半 | アメリカの株価の大暴落に端を発し、株式市場の暴落(通称:暗黒の木曜日)で世界的にニュースになった。 |
第二次世界大戦 | 1939年~1945年 | ドイツ・イタリア・日本などの日独伊三国同盟を中心とする枢軸国陣営と、イギリス・フランス・中華民国・アメリカ・ソビエト連邦などを中心とする連合国陣営との間で戦われた戦争。 |
共産主義 | 私有財産を否定し、すべての財産を共有する貧富のない社会を実現しようとする思想や運動のこと。 |
マンハッタン計画 | 第二次大戦中にアメリカ軍が進めた原子力爆弾製造計画。ナチスドイツが原爆を開発する恐れがあると亡命科学者から警告を受けたF・ルーズベルト大統領が極秘裏に命じ、研究で先行していたイギリスと協力して1942年夏からグローヴス准将を責任者として計画が進行。 |
トリニティ実験 | 1945年7月16日、アメリカで行われた人類最初の核実験。 |
公聴会 | 連邦議会の常任委員会、およびその下の小委員会、あるいは特別委員会に置いて、重要な法案や案件を審議する際に意見を聴聞するために開催するのが公聴会。 |
公聴会 | public hearing | 一般公開する |
聴聞会 | closed hearing | 一般非公開 |
赤狩り | 激しい共産主義者の摘発のこと。これを扇動したのが上院議員のマッカーシー。無実の人も共産主義者として摘発するなど激化する動きを「マッカーシズム」という。 |
カラーとモノクロ
この作品は「カラー」と「モノクロ」が入り混じった複雑な構造になっている。
カラー映像 | 核分裂 | オッペンハイマーの視点 | オッペンハイマーが核開発を進める様子と挫折。 |
モノクロ映像 | 核融合 | ストローズの視点 | 戦後の公聴会、オッペンハイマーの失脚を目論むストローズとの関係性が露出して以降のストーリー。 |
対極にある2人
オッペンハイマーとストローズ、対極にある2人を比較するような構成になっている。
オッペンハイマー | NYの裕福なユダヤ人家庭に生まれた天才エリート科学者 | 水爆開発反対派 |
ストローズ | 父の仕事を継いで靴のセールスマンから成り上がり金融界を経て米国原理力委員会の委員長にまで上り詰めた叩き上げ | 水爆推進派 |
学者
これをこうしたらどうなるのか、なにが起きるのかそれが知りたいだけ。
その結果をさらに上回ることができるのかも知りたいのだ。
学者ゆえの好奇心。
核の可能性についても同じ。
核の可能性は、オッペンハイマーのもとに集まった学者たちの好奇心を刺激した。
好奇心が生み出したものの行く末
以前書いた「アバター」の感想記事の中に「好奇心が生み出したものの行く末」について。
「風立ちぬ」と「ONE PIECE」ジャンルやストーリーは違えど、作り出したものがどのように使われるか、深く考えた。
どんなに優れた技術だろうが、どんなに素晴らしい作品だろうが、使う人間がバカだと結果は悲惨なものになる。
核開発 = 抑止力
核兵器の開発・製造・所持することで、敵対国に「脅威の存在」をチラつかせることで「抑止力」となり、戦争を早く終わらせることができると考えていた。
「戦争を終わらせるための兵器を開発する」という大義と、「核の可能性」の探求という科学者としての野望は、必ずしも一致しない。
ロスアラモス研究所
「マンハッタン計画」のために作られたのがロスアラモス研究所。
アメリカニューメキシコ州の北部に位置する。
オッペンハイマーを始めとする科学者たち、その家族、多くの作業員たちが暮らすための町が作られた。
トリニティ実験
1945年7月16日、人類史上初の核実験「トリニティ実験」。
マンハッタン計画による核開発・製造に約3年、予算20億ドルを費やした科学技術の大作。
準備に忙しい学者たちは、その時を待ちわびた。
カウントダウンが始まる、少しずつ減る数字、少しずつ高まる緊張感。
実験は成功、爆発の映像が凄かった。
どのように撮影されたのかまったくわからない。
クリストファー・ノーラン監督は「実写」にこだわる人物として有名だ。
ゆえにこの爆発映像がCGとは考えにくい。
いったいどうやったのか・・・。
このシーンの構成もまた素晴らしい。
緊張感が最高潮になる静寂から始まり、実験成功までの流れが素晴らしい。
爆発から音&衝撃波までのタイムラグは、威力がもたらす被害の大きさと表現ともいえる。
実験場の現在
トリニティ実験が行われた場所、現在ではアラモゴードに本部を持つアメリカ陸軍「ホワイトサンズ・ミサイル実験場」の一部となっている。
記念碑
勝利のスピーチ
原爆投下後、ロスアラモス研究所に帰還。
住民たちに「勝利のスピーチ」をする場を設けられた。
聴衆から拍手喝采を受けるオッペンハイマー。
「オッピー!オッピー!」聴衆はオッペンハイマーを愛称で呼ぶ。
聴衆のざわめきの中で聞こえてきたのは、耳を突き刺すような異質な声。
その瞬間、見えている世界に変化が起きる。
ものすごいショッキングだった。
あまりにも衝撃的過ぎて、涙が出た、嗚咽交じりに号泣をした。
何に対する、どんな感情なのか、よくわからない。
しかし、なぜか涙が止まらない。
観客
私たち観客がオッペンハイマーを見ているとき、オッペンハイマーも私たちを見ている。
大勢の中に立つオッペンハイマーのシーンでは、私たち観客もまた大勢に属している。
私たち観客は、スクリーンに入り込んで、オッペンハイマーの物語に立ち会っている気分になる。
時間の表現
映画において時間の進み方の表現。
車、ファッション、ヘアースタイル、メイク。※顔のシワ、メガネ、髪の質(白髪)など
- 1925年21歳、イギリスのケンブリッジ大学に留学、理論物理学者のニールス・ボーアと出会う。
- 1942年38歳の時に「マンハッタン計画」が始まる。
- 1945年41歳、トリニティ実験、日本への原爆投下。
- 1947年43歳、核開発に反対の意を示す。
- 1954年50歳頃、聴聞会、公職追放。
26年くらいの時間が経過している、それぞれの年代に合わせて見目が少しずつ変化している。
NHK:世紀の映像
2024年2月19日、NHK「世紀の映像バタフライエフェクト」。
オッペンハイマーの特集【マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪】が放送された。
アメリカの原爆開発「マンハッタン計画」を指揮した天才科学者オッペンハイマーの生涯を描く。
ニューヨークのユダヤ人家庭に生まれ、ハーバード大学を飛び級しながら首席で卒業、「原爆の父」と呼ばれるオッペンハイマーは、アメリカ国内で「戦争を終わらせた英雄」と称えられたが、自分自身は深い罪の意識に苦しんでいた。
戦後は、一転してアメリカの水爆開発に異議を唱える。
そして赤狩りの対象となり、公職から追放された。
Dailymotion
映画を観る前に、事前に勉強してから鑑賞した。
NHKオンデマンド
まるごと見放題パック990円、単品220円。
日本人物理学者
オッペンハイマーの師であるヴェルナー・ハイゼンベルクは「不確定性関係」を発見した。
1933年、ノーベル物理学賞を受賞、31歳(最年少)。
ハイゼンベルクの間近で学んだ日本人がいる、仁科義雄(物理学者)。
原子物理学に人生を掲げた。
世界中で核開発が盛んに行われている時、日本でも核開発が行われていた。
第五福竜丸展示館
広島と長崎の「原爆投下」。
この出来事、日本人なら誰しもが知る歴史的大惨事。
しかし、原爆投下よりも前のこと、原爆投下の後のことを詳しく知る人は少ないのではないだろうか。
東日本大震災の原発事故をきっかけに知った「第五福竜丸」。
新木場にある「第五福竜丸展示館」を訪れたのはもう10年以上前のこと。
この場所で「水素爆弾」という存在を知り、それを巡る各国の動きを知った。
原子爆弾 | ウランやプルトニウムを核分裂させてエネルギーを取り出す | ウラン、プルトニウム | 核分裂 |
水素爆弾 | 水素の仲間である重水素や三重水素(トリチウム)を核融合させてエネルギーを取り出す | 重水素、三重水素(トリチウム) | 核融合 |
原子爆弾の威力を1とすると、水素爆弾の威力は原子爆弾の100~1000倍といわれている。水素爆弾の起爆剤は「原子爆弾」なので、放射能が広範囲に飛散する。 |
公益財団法人第五福竜丸平和協会のまとめによれば、2023年までに行われた世界の核実験(爆発を伴うもの・未臨界実験を除く)は計2063回に及ぶ。
内訳は米国1030回、旧ソ連715回、フランス210回、英国と中国が各45回、インド、パキスタン、北朝鮮が各6回。
展示館で購入した書籍
ミュージアムショップ
第96回アカデミー賞
第96回アカデミー賞。
作品賞を含む最多7部門で受賞を果たしたのは、原子爆弾の開発に携わった物理学者J・ロバート・オッペンハイマーの栄光と没落を描いた「オッペンハイマー」。
受賞
作品賞 | オッペンハイマー |
主演男優賞 | キリアン・マーフィー |
助演男優賞 | ロバート・ダウニー・Jr. |
監督賞 | クリストファー・ノーラン |
撮影賞 | ホイテ・ヴァン・ホイテマ |
編集賞 | ジェニファー・レイム |
作曲賞 | ルドウィグ・ゴランソン |
ノミネート
助演女優賞 | エミリー・ブラント |
脚色賞 | クリストファー・ノーラン |
美術賞 | ルース・デ・ヨング、クレア・カウフマン |
衣装デザイン賞 | エレン・マイロニック |
メイクアップ・ヘアスタイリング賞 | ルイサ・エイベル |
音響賞 | ウィリー・バートン、リチャード・キング、ゲイリー・リッツォ、ケヴィン・オコネル |
なお、日本の作品も受賞している。
長編アニメーション賞 | 君たちはどう生きるか |
視覚効果賞 |
ゴジラ-1.0 |
どちらも第二次世界大戦が舞台になっている。
「ゴジラ-1.0」に関しては、水爆実験も関係している。
そもそもゴジラ誕生のキッカケが「ビキニ環礁の水爆実験」によるものなので、この受賞は何かの縁というか、因果なのだろう。
最後に
原子力爆弾と日本は深い関わりがあり、凄惨な歴史の爪痕がいまも色濃く残っている。
地球上で唯一の原爆被害国、日本。
作中では「広島と長崎」についての描写や表現は極めて少ない。
これについて「もっと原爆被害を描くべきだ」などの意見が多々あるが、そういう意見を言うのはやはり日本人が多い。
この映画は「オッペンハイマーの半生を描いた作品」であり、原爆の凄惨さを訴える作品ではないからだ。
命令を下した者、兵器を作った者、血で汚れているはどちらの手なのか。
オッペンハイマーの言葉がトゲのように深く刺さる。
「世界はそれまでと変わってしまった」
「我は死、世界の破壊者」
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