映画「バーバー吉野」を観た感想

映画鑑賞の感想文

20代男性のお客さんと雑談していたときのこと。

映画の話題になり、お客さんが昔に観た「床屋さんの映画」がとても印象深く忘れられないとのこと。

どうやらご両親に薦められて観た映画で、いまでは「なぜアレを薦めたのか不思議でならない」と。

どういうストーリーなのか、簡単に説明してくれた。


とある小さな町には1件だけ床屋がある、その名も「バーバー吉野」。

ザ・田舎というその町の少年(小学生)は、みな同じ髪型をしている。

それはそれは見事なおかっぱ

あるとき、東京から転校生:少年がやってきた。

転校生の髪型、初めて見るおかっぱ頭以外の髪型に、子供たちに激震が走る。


こんなこと聞かされた日にゃ居ても立っても居られない(笑)

どういう映画なんだ???

ワクワクが止まらない、湧き上がる好奇心を止められない。

あらすじ

ある山あいの田舎町の朝。

子供たちが並んで登校して来る。

その町の子供たちはみんな、修道僧かこけしのようなおかっぱ頭で前髪を短く切り揃えた髪形をしていた。

その町には「バーバー吉野」という床屋が一軒あるだけで、子供たちはみんな「吉野ガリ」と呼ばれる同じ髪型にする慣わしがあった。

その床屋の子に吉野慶太という少年がいて、彼の同級生のヤジ、カワチン、グッチの三人は店に遊びに来るのが常だった。

ある日、彼らの小学校に東京から転校生坂上くんがやってきた。

キャスト

左から、役名、人柄、俳優名。

吉野 慶太 床屋の子供 米田 良
吉野のおばちゃん 慶太の母 もたいまさこ
坂上 洋介 東京からの転校生 石田 法嗣
矢島 真之介 ヤジ(慶太の仲間) 大川 翔太
川口 貴弘 カワチン(慶太の仲間) 村松 諒
山口 修平 グッチ(慶太の仲間) 宮尾 真之介
岡本 奈月 慶太のクラスメイト 上杉 真央
吉野 武雄 慶太の父 浅野 和之
三河 盛平 三河のじいちゃん 桜井 センリ
ケケおじさん 町の変わり者 森下 能幸
北野先生 慶太のクラス担任先生 三浦 誠己
吉野 香苗 慶太の姉 たくま せいこ

2004年公開

2023年から19年前、平成16年。

何があったのか書き出してみる。

美しい田舎の風景

オープニングは、昭和の頃を思い出させる田舎の風景。

朝もやに煙る山のふもとの町、まだ日が昇っていないので青みがかった色合いがとても美しい。

神社と思わしき建物に並ぶのは、日本の民芸品。

朝を迎えた町は、木々が生い茂り、花が可憐に彩っている。

ほぼ満開の桜の中を歩くのは、地元の子供たち。

カメラのピントが桜から少年へと移ると…。

見事な「おかっぱ頭、衝撃が走る。

いくつものおかっぱ頭が並んでいると、なぜか芸術的に見えてくるから不思議だ。

かと思うと、スモックのような聖歌隊の服を着て整列する少年たちの姿にさらに衝撃が走る。

ちょっと いみが わからない …(笑)

昭和の床屋

いまの時代、床屋さんもオシャレになった。

内装も外装も、そしてスタッフも。

白衣を着て仕事をする理容師さんは少なくなったものだ。

この「バーバー吉野」は、外装も内装も昭和の床屋。

看板に書かれた電話番号は「8-4188」、市外局番の表示がないのも地域密着型の現れ。

動きの悪いサインポールを念力で動かすあたりはクスッとする。

居間まで朝食を取る父と息子、の絵面えづらが衝撃的すぎる。

町立神ノゑ小学校(かみのえ)

小学5年生の日常。

思春期の始まりの年頃とあって、そういう部分の表現がうまい。

男子は女子の変化を意識し始める、そんなお年頃。

子供と大人の中間、子供にもなるし、大人の要素も出始めるころ。

気になるポイント:シェービング

お客さんのヒゲを剃るシーン、ここは気になった。

実際のシェービングの動きとは異なるので、見ていて超怖い(汗)。

手の添え方、かみそりの動かし方、など。

昔の床屋は暇つぶしのたまり場だった

外国の映画で、近所のじいさんたちが床屋に集まってウダウダとしゃべっているシーンがある。

暇つぶしのたまり場:床屋だ。

この映画でも、子供たちのたまり場になっている。

といっても、床屋の息子である主人公:慶太の仲間3人が来るだけ。

床屋はマンガがたくさん揃っているし、少年ジャンプなどの週刊誌や雑誌も豊富。

私のお店も、新旧たくさんのマンガが揃っている。

床屋には必ず大人がいるので、子供たちも安心できるし、子供たちの保護者も安心安全だ。

姉と弟

主人公の慶太には姉がいる。

詳細は分からないが、小学5年生の慶太よりもかなり年上のようだ。

姉と弟というパワーバランス(上下関係)をうまく描いている。

私には妹と弟がいる、パワーバランスでいうと[ 私 >>> 妹 >>> 弟 ]である。

例えるなら、ジャイアン(私)、スネ夫(妹)、のび太(弟)。

このパワーバランスは一生続くものであり、くつがえることはない(断言)。

姉のいる弟は、女性に対して超現実的だ。

女性に対して幻想を抱かないし、美化しない。

朝遅刻しそうな弟を優しく起こす姉など居ないし、なんならボッコボコに蹴られて起こされる。

休日には弟のためにお菓子を作る姉など居ないし、それどころかコンビニに買いに行ってこいと命令する。

弟に対する言葉遣いは優しくないどころか、むしろヤンキー、もしくは極道。

いいにおいがするのは外部要因(柔軟剤 or 香水)のおかげ。

家の中でも服装を気にするどころか下着姿(もしくは全裸)でうろつく。

外と家の中では顔が違う(化粧の化身)。

腹肉はらにくが棚田のようでジューシー」とイジれば重量級のボディーブローが飛んでくる。

姉は女王様であり、弟は忠実なしもべ。

姉と弟は、そういうものである(実体験)。

転校生:坂上くん

何気ない日常が一変する出来事、転校生坂上くんの登場だ。

しかも大都会:東京から来た、というだけで未知の生物のよう。

坂上くんを見た子供たちは、彼の風貌ふうぼうに驚きを隠せない。

少年たちに激震が走る。

風貌(ふうぼう) 部分的なものではなく全体的な見た目や「雰囲気」といったものに重きを置いた言葉 髪型や服装といったものが大きく関係する
容貌(ようぼう) 「顔の形」に重きを置いた言葉 髪型や服装は関係ない
容姿(ようし) 全体的な「形」といったものに重きを置いた言葉 髪型や服装はあまり関係なく本来その人の持つ「形」が重要

地元の祭り:山の日

神ノゑ町では「山の日」という行事を大切にしている。

クラスの女子:岡本さんの説明では・・・。

  • 日照りや大雨が続くことを避けるために山の神様にお供えをしてお祈りをする
  • 山の神様は女性なのでとても嫉妬深い
  • 男子だけが神様に合唱を捧げる

オープニングの合唱は、山の神様へのお祈りの練習風景なのかな?

町を彩る人々

クラス担任から転校生に「町の案内」を頼まれた慶太は、下校しながらアレコレと町について説明をする。

昔ながらの、ああそういえば昭和の町はこんな感じだったな~と懐かしく思う。

小さな町なので町民は顔見知りばかり、町を流れる穏やかな小川、個人商店が点在している。

そしてこれ、昔はどの町にも1人は居た、変わり者(変な大人)

通称:ケケおじさん。

独特な変な格好をして、ブツブツと独り言を言いながら、町を徘徊している。

特に誰もとがめることもなく、放流(放置)されている変なおじさん。

観ていて「こういう変なおじさん、昔はその辺に居たねぇ~(笑)」と懐かしく思った。

髪型を悪く言う人の常套句

町案内の最中、顔見知りのじいさん:三河のじいちゃんと遭遇。

初めて見る転校生:坂上くんに、三河のじいちゃんは毒突どくづく。

女みたいなチャラチャラした髪型しやがって

上記の言葉を分解してそれぞれ考えてみる。

女みたいな

まずこれ「女みたいな」。

これは男性に向けて使われる侮蔑ぶべつの言葉

男尊女卑からくる差別の言葉で、女は男よりもおとっているという価値観からくるもの。

[ 男 >>>>> 女 ]

女性が男性社会に進出したのはここ最近のことで、「男女雇用機会均等法」が成立したのは1985年で今から23年前(2023年現在)。

それ以前の人たちにはいまだに「女性劣位」が根強く残っている。

侮蔑(ぶべつ) 強く相手を見下すこと 強い
軽蔑(けいべつ) 相手を見下すこと 弱い
侮辱(ぶじょく) 相手を見下して恥をかかせること 名誉を傷付ける

チャラチャラした

この「チャラチャラした」という言葉、いまはあまり馴染みがない。

これを略した「チャラい」のほうが浸透している。

では、チャラチャラしたとはどういう意味なのだろうか。

チャラチャラ 浮ついた態度や軽薄なそぶりで気取る様子 安っぽくて軽薄な言動をする人
チャラチャラの語源 小さな金属片などが触れ合ったり他のものに接触したり高く細かい音が鳴る様子 音が鳴るほどアクセサリーをたくさん身に付けた派手で軽薄な様子に使われる

なるほど、こういう意味があったのか。

髪型

「女みたいな」「チャラチャラした」「髪型」

つまり、正しくない髪型を示している。

昔の人には「人として正しい姿」という思想を持つ人が多い。

それに反する人は「反乱分子」と見なす。

価値観や思想、文化や風習、集団の規律を乱す危うい存在なのだ。

だから「決めた型に収めよう」と必死なのだ。

思想 人が人生や社会について考えた事柄をまとめたもの
思考 知識や経験などをもとにあれこれと頭を働かせること

この映画の中の「正しい子供の姿」は「吉野ガリ」の一択のみ。

長年つちかってきた価値観は、そう簡単に変えられない、それが人間だ。

子供の夢が詰まった必須アイテムといえば

子供たちの夢が詰まった必須アイテムといえばこの3つ。

  1. 仲間
  2. 秘密基地
  3. 拾ったエロ本

それぞれ解説していこう。

仲間

同じこころざしを持ち、同じ熱量で、同じ方向へと歩む仲間たち。

仲間が苦しんでいれば(空腹)、手を差し伸べて助ける(駄菓子を分ける)、それが仲間だ。

よりよく過ごすためにどうすべきかアイデアを出し合い、話し合い、試行錯誤&切磋琢磨する大切な仲間。

秘密基地

絶対的な秘密であり自分たち以外にバレてはいけない存在、それが秘密基地。

ひそかに私物を運び出し、自分たち専用の居場所を作り上げる。

秘密基地に入るときには「合い言葉」が必要だったりする(鍵などかかっていない)。

この「自分たちしか知らない」というところにロマンを感じるのだ。

ロマン 夢や理想を追い求める心情 そのような物語性・情緒を持つ作品や現象を指す言葉

拾ったエロ本

いまではスマホやパソコンで検索すれば簡単に出てくるが、ネットのない時代では容易いことではない。

ではどうするのか、それは・・・「大人が捨てたエロ本を拾う」。

大人たちに「見てはいけない」と暗に言われている魅惑の大人の世界は、思春期を走り始めた小学5年生には未知の世界。

未知の世界へいざなう「禁断の扉」といえばこれ。

そう、エロ本の袋とじである。

破かないように、丁寧に、慎重に、ゆっくりと時間をかけて「切り取り線」と格闘する子供&それを見守る子供たちの姿に、思わず微笑んでしまう。

大人の世界 = 子供が入り込んではいけない世界、つまり子供が手を出してはダメな世界。

ダメと言われることほど、より手を出したくなってしまうのが人間だ。

これを「カリギュラ効果」という。

カリギュラ効果 禁止されるほどやってみたくなる心理現象のこと

カリギュラ効果については「お葬式」の記事に少し書いてある。

無造作に置かれたエロ本の表紙には「永久保存版」や「女神(女体?)アナト」という気になるワードがチラチラと見えるのがまたおもしろい。

未知の世界であり、魅惑の世界、エロス。

夢は案外その辺に落ちている、夢を拾うか拾わないかはキミ次第(キリッ)。

意外 「考えていたものと状態に大きく違いがあること」という意味の言葉 思いがけないできごとや様子など 自分の考えていたものの範囲外にある
以外 「ある範囲の外側である」「そのほかのものである」という意味の言葉 「それを除いたほかのものごと」という意味も持つ 「ある範囲内にない部分」ということ
存外 「ものの程度などが、予期したものと異なっていること」といった意味の言葉 「案外」よりも堅い表現 「存外な奴だ」失礼な人間に対して使う場合もある
案外 「予想がはずれること」「思いがけないこと」を意味する言葉 「考えていたことの範囲にない事態」を表している 「案外」の場合は常に予想が外れることを意味する
思いの外 「事態が考えていたことと違うこと」といった意味の言葉 「考え」や「予想」を指しており、その外にある出来事を表している 「案外」よりも予想から外れている程度がやや大きい

町内放送

夕方になると、子供たちの帰宅を促す町内放送が響く。

町の公民館にて、慶太の母が担当している。


気をつけよう 暗い夜道と 青大将あおだいしょう(ヘビ)

大事にしよう 町の自然と 伝統

伝統って ああ素晴らしい

みんなの誇り 神ノゑ町(かみのえちょう)


「どこどこのおじいさんが出かけたまま帰りません」とか、「どこどこのワンちゃんが逃げました」とか。

これもまた田舎ならではの風景。

坂上くんの主張

「みんなと同じ髪型(吉野ガリ)はイヤだ!」

「この町に長居するつもりはない!」

坂上くんは信念を持っており、断固として吉野ガリを拒否。

しかも坂上くんは聡明で「憲法13条で自由が認められている!」と訴えている。

髪型の自由・表現の自由が憲法で認められている、だからどんな髪型にしようが自由だ!

髪型の強制は人権侵害だ!

【日本国憲法第13条の解説】国民は誰でも「一人の人間」として尊重される | そうだ、憲法を知ろう
日本国憲法第13条をわかりやすく。第13条では、国民は誰でも一人の人間として尊重されるのだ、ということが書かれています。そして誰もが自由と幸せを願う権利をもっており、それらは邪魔されるものではないのだ。政治はそのことをきちんと認識して行いなさい、ということも書かれているのです。

坂上くんの意見に少年たちはビックリする。

少年は初めて「反抗・抵抗」を目の当たりにしているのだ。

吉野ガリの起源

神ノゑ町には古くからの風習がある。

  • 山の神様には使いの者:天狗様がいる
  • 天狗様は時々町に下りてきてイタズラをする
  • そのイタズラとは「子供をさらう」こと
  • 天狗様の目をごまかすために少年は同じ髪型にしている

この「吉野ガリ」を長年カットしているのが、バーバー吉野である。

バーバー吉野

店内に料金表が貼られている。

大 人  ¥2,000

高 校  ¥1,800

中 学  ¥1,700

小 学  ¥ 700

吉野ガリの小学生は特別料金らしい。

昔ながらの家なので壁は「砂壁」、今では見ることも少なくなった砂壁、懐かしい。

秘密がバレた

秘密基地でひと騒動が起きる。

これをキッカケに、ある秘密が大人たちにバレてしまう。

いろんなことにモヤモヤする慶太たちは、この騒動をキッカケに不満を募らせ、行動に移し始める。

余談だが、校庭の遊具:のぼり棒と男子の密接な関係性には笑った。

自由とはなにか

閉鎖的な町に、外部から新しい情報(文化)が入ることによって、変化が生じる。

閉鎖的であればあるほど、その町の常識が法律のような強さを持ち、絶対的な正義となる。

これに関しては、以前観た「ウーマントーキング」がそうだ。

大人の言うことが正義であり、それに異を唱える者は「反乱分子」なのだ。

大人の言うことを聞かない子供 = 非行。

権力で「吉野ガリ」を強要する大人たち。

慶太たちは徐々に気付き始める、吉野ガリがかっこよくないことに。

髪型の自由を求めて、慶太たちは動き出す。

登校する児童を待ち構えるのは

どうしても伝統を守りたい吉野母は、強硬手段に出る。

子供たちの登校時、ものさしを手に持って小学校の校門に待機し、少年たちの髪型をチェックする。

前髪 まゆの上 2.5㎝

ものさしで前髪の長さを測り、長ければその場でパッツンと切りそろえる吉野母。

そういえばその昔の昭和のころ、ビーバップハイスクールが流行ったヤンキー全盛期。

学校の先生(教師)といえば恐れられる存在で、生徒に対して体罰・暴力・暴言などは当たり前だった。

軍隊でいう上官のような存在であり、教師は絶対的正義であり法律のような存在だった。

学校の規則を守らない生徒に対しては、実力行使、鉄拳制裁

とくに髪型に関しては異常に厳しく、この映画のように、女子の前髪をものさしで測り少しでも長ければその場で切る生徒が男子ならバリカンで断髪

他人の髪を切る、これは当人の合意がなければ人権侵害にあたる。

中学校の教師が生徒の「髪」を勝手にハサミで切った・・・どんな犯罪になるのか? - 弁護士ドットコムニュース
「中学2年の姪っ子が学校で先生に髪を切られました」。インターネットのまとめサイトに、こんな書き込みが投稿された。投稿者によると、姪は以前から「髪が赤い」と教師に指摘されていたそうだ。ただし、姪は...

意を決した行動

時間は流れ、ついに「山の日」の祭りの時が来た。

町の一大イベント、祭りの準備にいそしむ町民たち。

その中に、慶太たちの姿はない。

慶太たちは、いったいどうなるのか。

ここからの展開はネタバレになるので割愛。

エンディング

少しぎこちなく回るサインポール。

バーバー吉野の店内には、シェービングの真っ最中の三河のじいちゃん。

慶太が学校から帰宅すると、続いて子供たちが遊びに来る。

「おばちゃん、お菓子ちょーだい」

「ここは駄菓子屋じゃないんだよ」

これは「オープニング」の構成と同じだ。

違うところといえば……。

最後に

この映画は、ヒューマンコメディというジャンルになるのかな?

昭和の頃の田舎の町、子供と大人の関係性、時間の移り変わり、笑えるポイントをいくつも盛り込んだコメディ映画。

私にとっては「おもしろい」というより「いろいろと考えさせられる作品」だった。

この作品はコメディ映画ではない、この映画はカウンターカルチャーだ。

※カウンターカルチャーの記事

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